七尾山(滋賀) 690m
2018年05月18日
JRハイキングに参加して長浜駅より巡回バスに乗り東上坂口バス停で降りて南池集落まで歩き登山口より登りは3回休憩して尾根筋を登り七尾山頂上690mでは霞で琵琶湖の風景はダメでした、昼食後来た道を戻り今荘橋バス停より長浜駅に戻るコースに参加する、












繖山ウォーク 432m
2016年10月19日

能登川駅よりスターとして朝鮮人街道を南下してやわらぎの郷で小休止後北腰越の登り口より丸太階段を登り2回休憩して繖山三角点に着き、西国32番札所観音正寺は推古天皇13年(605年)聖徳太子がこの地を訪れた際に出合った「人魚」の願いにより一寺を建立したという、寺にはこの人魚のミイラと称するものが伝えられていたが平成5年の火災で焼失し、平成16年に再建された。新たに造立された本尊千手観音坐像は仏師松本明慶の作で白檀素材の像高さ3.56m背を含めた総高6.3mの巨大坐像です。その後林道を下り安土駅までのウォークでした、






ポンポン山に登る
2016年09月14日
高槻市北部の山「ポンポン山678.9m」に今回は水源の森百選に選ばれている川久保渓谷から登り下りはポンポコ山縦走コースを下り本山寺より東海自然歩道を歩き上の口バス停までです、

川久保バス停より渓谷林道登り、釈迦岳分岐より丸太の階段を登りきる、


ポンポン山頂上は賑やかだったが展望は少しかすんでいた、


縦走路を下り本山寺は日本三大毘沙門で小休止して東海自然歩道を下りバス停上の口よりバスで高槻駅に戻る



川久保バス停より渓谷林道登り、釈迦岳分岐より丸太の階段を登りきる、


ポンポン山頂上は賑やかだったが展望は少しかすんでいた、


縦走路を下り本山寺は日本三大毘沙門で小休止して東海自然歩道を下りバス停上の口よりバスで高槻駅に戻る


オトチの岩窟を訪ねて
2016年09月07日
長浜市木ノ本町古橋は豊臣秀吉の奉行として活躍した武将で長浜市石田の出身で関ヶ原の合戦の後、長浜市木ノ本町古橋で補縛されたと云われていますが、古橋には幾つかの伝承が残っています、関ヶ原から追手を逃れて、幼少を過ごした地古橋にたどり着き村人の与次郎太夫により山中の「オトチの岩窟」に匿われました伝説が有りその岩窟を見に行くハイキングに参加する、

己高閣より緩やかな尾根道ルートを登り2本の鉄塔下を通り三角点を過ぎ後200m程行くと標識がある、

関ヶ原の合戦(9月15日)に敗れ独り落ち延びて古橋にたどりつき21日に田中吉政に捕まるまで潜伏していたという岩窟である、入り口は狭く大人一人がやっと入れる程度である、内部は25㎡位あったが阪神大震災等の地震で崩壊し土砂が入り現在はだいぶん狭くなっていました、岩窟は標高約560m所にあり、内部には蝙蝠が生息していました、(参考文参照)





己高閣より緩やかな尾根道ルートを登り2本の鉄塔下を通り三角点を過ぎ後200m程行くと標識がある、

関ヶ原の合戦(9月15日)に敗れ独り落ち延びて古橋にたどりつき21日に田中吉政に捕まるまで潜伏していたという岩窟である、入り口は狭く大人一人がやっと入れる程度である、内部は25㎡位あったが阪神大震災等の地震で崩壊し土砂が入り現在はだいぶん狭くなっていました、岩窟は標高約560m所にあり、内部には蝙蝠が生息していました、(参考文参照)




山本山から賎ヶ岳縦走
2015年11月03日
JR河毛駅より山本山麓の宇賀神社横より山道を登り山本山(324.4m)より縦走路のアップダウンを繰り返し賎ヶ岳頂上(421m)より中川清秀の墓よりJR余呉駅までの17kmウォークでした、

河毛駅より西に田園地帯を歩き山本山集落の宇賀神社よりジグザグ道を登り山本山頂上より縦走路約11kmも整備されアップダウンを繰り返し木々の間からびわ湖湖面を見ながら賎ヶ岳頂上で小休止して余呉駅まで5:50で17㎞ウォークでした、









河毛駅より西に田園地帯を歩き山本山集落の宇賀神社よりジグザグ道を登り山本山頂上より縦走路約11kmも整備されアップダウンを繰り返し木々の間からびわ湖湖面を見ながら賎ヶ岳頂上で小休止して余呉駅まで5:50で17㎞ウォークでした、







