中山道・野洲宿~草津宿散策

日・時    2月14日 晴れ
所要時間  10:15^14:30 4時間15分
歩行距離  9.5k 

関が原から県内を6回に分けて歩き今回野洲宿から草津宿間
中山道を散策する。
野洲駅・・・守山市・・・栗東市・・・草津市まで

野洲から朝鮮人街道の起点ココから始まり彦根の鳥居本までの約40kmの始まりの三叉路です
行畑石仏(背比べ地蔵)は鎌倉時代の物で中山道を歩く旅人の道中を守り地蔵
野洲川橋より見える近江富士と呼ばれる(三上山432m)
東門院とは正式には比叡山東門院守山寺は守山の地名の由来は比叡山を守る寺からきたそうです
守山宿の面影を残す宇野本家の酒屋と町並み
勝部神社の火祭りは近江の奇祭として県の無形文化財に指定されています、毎年1月第2土曜日の行われます
大宝神社境内に栗東市綣町にちなんだ   芭蕉の句碑     「へそむらの麦まだ青し春の暮れ」が読まれた句碑
伊佐佐神社は草津市を代表する民俗芸能の一つに県選択無形民俗文化財「渋川の花踊り」雨乞い神事が毎年9月3日に行われます
ここはかつての日本五街道の最幹線で東海道と中山道との分岐点である。トンネルのできるまではこの上の川を越せば中山道へ、右へ曲がれば 東海道伊勢道へ行けた。しかし、この地は草津宿のほぼ中心地で、この付近は 追分とも言われ、高札場もあって旅人にとっては大切な目安でもあった。多くの旅人が道に迷わぬよう、また、旅の安全を祈って文化13年(1816)江戸大 阪をはじめ、全国の問屋筋の人々の寄進によって建立されたもので、高さは1丈4尺7寸(4.45m)で、火袋以上は銅製の立派な大灯籠であり、火袋以上は 度々の風害によって取り替えられたが、宿場の名残の少ない中にあって、常夜 灯だけは今もかつての草津叔の名残をとどめている。(昭和48年10月15日 草津市教育委員会)
草津本陣は東海道と中山道の分岐合流点であり草津宿本陣は現在存在する本陣の中で最大級規模です





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